CHAGE and ASKAと私。
無期限活動休止と解散。
それは似て非なるもの。
世間では同じ事でもファンにとっては違う。
少なくとも私にとっては、まったく違う。
彼らは29年間、2m10cmの距離をおいて同じ景色を見て歩いてきた。
そして途中からは私も同じ景色を見て歩いてきた・・・と思う。
1979年のデビューから30年を迎える今年、
彼らは2m10cmの、その距離を少しあける。
もう2度と彼らが2m10cmの距離に近づかなかったとしても
それはそれで、それが彼らの出した答えなのだと思う。
その答えが今の私になくても、きっといつかその答えを知る日が来る事を私は知っている。
・・・・そう思う。
CHAGE&ASKAは毎年、年末にクリスマスカードとニューイヤーカードが一緒になったものを届けてくれる。
つまり1枚にクリスマスと新年のメッセージが書かれている。
昨年末のそれにはクリスマスのメッセージしかなかった。
変だな・・・直感的にそう思った。
きっと今年の約束が出来なかったからなんだろう。
変だと思った直感は現実のものになった。
でも、CHAGE&ASKAがなくなる訳じゃない。
一緒に歌わなくても、その名前が存在することが私には大切なこと。
CHAGE&ASKAその存在こそが宝物なのだ。
きっと彼らが解散していたら
これからのソロ活動を今までと同じ気持ちでは捉えられなかったと思う。
今までと同じ様にライブには行くと思う、だけどそれは私の中では違うものになっていたはずだ。
でも彼らがC&Aである限り、きっと今までと同じ気持ちで会いにいけると思う。
今日、今までの思い出を振り返ってみた。
すると、ここ5年くらいの活動をあまり記憶していないことに気がついた。
ライブも、あまり覚えていない。
「"two-five"」と「熱風」。
この二つのライブは2004年の25周年の時に行われた。
この年の印象が強くて、以降の活動の記憶が曖昧だ。
2004年は私にとっても忘れられない年。
自分の身に起こった事と"two-five"のツアーはきっと一生忘れられないと思う。
個人的に強く思い出となっているライブだから、その後の活動が曖昧なのかもしれない。
今思えば私にとってのC&Aの存在が、この時から変わったように思う。
この年の前も後も大切な大切な存在なのは変わらない。
でもその距離が変わった気がする。
2004年以前は会いたくて会いたくて、いつも触れていたくて
辛い時も嬉しい時も、彼らの歌がそこにあって。
空気や水みたいに、当たり前みたいに毎日そこにあって、
それでいて、なくてはならない存在で、なくせないものだった。
でも今は、まるで父と母のような、と言うか故郷のようなもの。
遠くにいても、会えなくても、一番近くにいて、誰より大切な存在。
私にとってC&Aは、そんな存在だ。
なくせないもの・・・・と言う意味では何も変わらない。
でもその形が変わったのだ、あの日から。
だから、どんなに離れても大丈夫。
二人が、そして私が帰る故郷(CHAGE and ASKA)があるのだから。
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